なぜ今まで抹茶フレーバーが無かったのか?

今日はちょっと真面目なお話。

来る11月22日で開業1周年を迎えるBonbonROCKett
開業から20種のバターサンドをメイン商品に販売をしてきました。
その20種の中に今まで「抹茶」のフレーバーはありませんでした。

日本独特の素材。
そして、日本が世界に誇る素材。

今やケーキ店にとっては当たりまえの素材となった「抹茶」
その「抹茶フレーバー」がなぜBonbonROCKettに無かったのか?

その答えは
「抹茶」が僕にとても大切な物だったからです。

僕はBonbonROCKettを開業する前、
京都の宇治という高級茶の産地で180年もの歴史を持つ老舗お茶屋で仕事をしていました。
そのお店は伊藤久右衛門(いとうきゅうえもん)といいます。

「日本で一番の抹茶スイーツを作りたい!手伝ってほしい。」
社長のそんな熱い想いに惹かれ入社したのは2006年。
僕は商品の開発をまかされました。

抹茶という素材は時に力強く、時に繊細で非常に扱いの難しい素材。
最初は「抹茶」の事を理解できておらず、開発は難航を極めました。
ありきたりの抹茶スイーツを作るのではなく、日本一の抹茶スイーツを目指すのですから。

そして社長より一つの命が僕に下りました。
「まず、お前自身がちゃんと宇治茶を理解しなさい」

僕はその頃きっと、チョコレート、バター、小麦粉などと同じ
材料の一つとして「抹茶」をとらえていたのだと思います。

しかし、伊藤久右衛門にとって宇治茶は根幹。

それから宇治茶の歴史、特性、製法を一から学びました。
そして、興味の湧いた茶室の建築や様式についても調べ、学びました。
最終的に日本茶のアドバイザーの資格も取得し、
ゴールデンウィークなどは、店舗販売に参加させてもらい
平等院表参道でお茶の淹れ方を解説しながら
試飲をしてもらう「接茶」も行いました。

今思い出しても本当に良い経験になったと思います。

その後、開発は驚く程スムーズに進むようになりました。
そして伊藤久右衛門は年間二桁以上の、抹茶やほうじ茶の
宇治茶スイーツを開発、販売していく会社になりました。

気がつけば入社から7年もの歳月が経過していました。
元々僕の夢だった「独立」の相談をさせていただいた時も、
社長は快く送り出してくれました。

そして、退職をする僕に社長はこう言いました。

「1年間はお前の店には行かない。
1年後に生き生きと働いている姿を見に行くから、
だからそれまで振り返る事無く一心不乱にに頑張れ」

その時、僕は、1年間抹茶フレーバーを封印する事を決めました。
1年後僕が前を向いて生き生きと仕事出来ていたなら、そのとき
伊藤久右衛門の抹茶を使って「抹茶フレーバー」を作ろうと。

今のBonbonROCKettは立派なお店だと言えるか僕には解りませんが、
ただ、僕自身前を向いて生きていて
今日の営業が終わると、もう次の日のオープンが待ち遠しくてたまらない
そんな毎日を送っている事に間違いはありません。

だから11月22日(土)から六甲店舗にて

抹茶フレーバー
ほうじ茶フレーバー

の販売をはじめる事を決めました。
そう、もちろん抹茶もほうじ茶も伊藤久右衛門の高級茶をつかいます。

え?
出来はどうかって?

愚問です。

僕は7年間お茶のスイーツだけを作って来たんですよ(笑)
失敗はあり得ません。

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